Donate Button

$

You have chosen to donate $10 once.

Personal Info

Credit Card Info
This is a secure SSL encrypted payment.
Billing Details

Donation Total: $10 One Time

桂堂 を攀じる、パート1

筆者:藤野純一
編集者:森由季
英訳文はこちら
今からおよそ400年前の1615年(元和年間)、初代藤野雲平が京都において筆工を営んだことに始まります。その頃、禁裏御所の御用達を賜り、書道家元の有栖川宮家にはしばしば筆をお納めする。また正徳年間、五世雲平の時、近衛予楽院家煕公より「攀 桂堂 (はんけいどう)」の屋号を賜る。明治20年、十二世雲平の時には、有栖川熾仁(たるひと)親王殿下より、長さ二尺九寸、差し渡し三寸八分、筆行七寸八分の図を自らお示し遊ばされ、「純山馬毫にてそのような筆を制せよ」との特別注文を仰せ賜り、その節、「遠祖の流れを今に書き伝う筆はふじのにかぎりけるかな」の歌を賜る。
figure_1_climbing_the_moon_tree_p1_filtered_1

Figure 1 正倉院奉納天平筆模造品

figure_2_climbing_the_moon_tree_p1_filtered_1

Figure 2 松方正義作品掛け軸

明治42年、十三世雲平は東京に攀 桂堂 を移し、松方正義(まつかたまさよし)翁、大倉喜八郎翁、書家の比田井天来・小琴ご夫婦、岡山高陰(おかやまたかかげ)などの諸先生方に筆のご用を賜る。大正12年の関東大震災で被災し、現在の地に転居。先代雲平は、昭和41年に滋賀県無形文化財の認定をうけ、昭和49年に労働大臣賞を受賞。
figure_3_climbing_the_moon_tree_p1_filtered_3

Figure 3 岡山高蔭の額作品)

figure_4_climbing_the_moon_tree_p1_filtered_1

Figure 4 比田井小琴手紙

昭和五十年には昭和天皇皇后両陛下に製筆の技術台覧の栄を賜る。さらに昭和五十四年、宮内庁のご依頼をうけ天平勝宝四年大仏開眼供養に用いた「天平筆」模造品を奈良正倉院にお納めする。平成七年には、皇太子雅子両殿下に技術の台覧を賜るとともに、NHK総合テレビ番組『手仕事日本』で雲平筆の巻筆技術が全国に紹介される。
figure_5_climbing_the_moon_tree_p1_1

Figure 5 有栖川 掛け軸

figure_6_climbing_the_moon_tree_p1_filtered_1

Figure 6 比田井天来手紙.

平成21年1月「皇室アルバム」で有栖川流書道の用筆として紹介される。
当筆の種類としては、「天平筆(雀頭筆)」「筆龍籐巻筆」「弘法大師流筆」「藤原定家卿筆」「上代様筆」「光悦筆」「道風朝臣用筆」などがあります。これらは中国唐時代に淵源をもつ「巻筆」と呼ばれるもので、紙を腰に巻く伝統技術であり、私たちはこれを現代に伝えています。また、現在広く使われている「水筆」「捌筆」などもご注文に応じて作っております。羊毛、狸、鼬、馬などの毛を材料に、皆様方に喜んで戴ける手作り筆に精魂込めております。
figure_7_climbing_the_moon_tree_p1_filtered_1

Figure 7 比田井天来作品掛け軸


figure_8_climbing_the_moon_tree_p1_filtered_1

Figure 8 有栖川家からの手紙

Beyond Calligraphyより一言
筆者:品天龍涙 (ぽんてりゅうるい)
翻訳者:森由季
攀桂堂の歴史は長く奥深く、そして、伝統を受け継いだ職人芸は、並外れたものです。Beyond Calligraphyの共同設立者として、また、これを代表して、英語での初の試みとして、「攀桂堂」の伝統を世界中の読者の皆様と共有できることを、誠に光栄に思うとともに、NHKが国内で攀桂堂を広めたように、我々も世界中に広めることができたらと思っております。また、執筆にあたって、日本語での記事の提供を快諾し、とても興味深いお写真を提供してくださった藤野純一さん(十五世雲平のご子息)に、心から感謝申し上げます。
パート2では、巻筆がどのように作られるのか、また、どのような特徴があるのかについて、述べていきたいと思います。

Junichi Fujino

藤野 純一 1983年生まれ 5才の時より近所の書道教室で習い始め、小・中学は饗庭掃雲先生、高校は高島高校書道部に入り西川桂邨先生に師事する。 大学は佛教大学書道専攻コースを選択し教授の長尾秀則先生、講師の西野象山先生、原田幹久先生、赤江華城先生にそれぞれ楷・行・草・篆・隷書・仮名・近代詩文について習う。 大学卒業後は3年間広島県安芸郡熊野町で筆作りの修業に励む。3年間の修業を経て、滋賀県高島市に戻り父・15代目雲平の下巻筆作りに取り組む。 Fujino Junichi (藤野 純一) began the study of calligraphy at the age of 5 and reached the Master Calligrapher level whilst in high school. Continuing his studies at Buddhist University where he chose calligraphy as his major, he deepened his knowledge of the five core calligraphy scripts and modern poetry under such Masters as Professor Nagao Hidenori (長尾秀則先生), lecturers Nishino Shōzan (西野象山先生), and Harada Kankyū (原田幹久先生), among others. Three years after graduating from the university he began studies in the art of brush making in Hiroshima. Three years later he returned to Shiga prefecture to Hankeidou Workshop (攀桂堂), and, under his father, the 15th Generation Unpei (十五世雲平), he begun the journey of crafting traditional Japanese maki fude (巻筆).

2 Comments

  1. […] the Moon Tree, Part 1 By Ponte Ryūrui On June 5, 2012 · Leave a Comment Japanese text and photography: Fujino Junichi (藤野純一) English translation and additional explanations: […]

  2. The Dying Trade of Yamato on 12/06/2012 at 02:09

    […] into English, with additional explanatory notes. Enjoy! Climbing the Moon Tree Part 1 Japanese 桂堂を攀じる、パート1 | Beyond Calligraphy English Climbing the Moon Tree, Part 1 | Beyond Calligraphy Climbing the Moon Tree Part 2 […]

Leave a Comment





Do NOT follow this link or you will be banned from the site!